今回は今もっとも僕がハマっているゴルフとの比較をしながら、レーシングシミュレーターについて色々と深堀りしてみたいと思います。
尚、この記事はAIを使用して「そうそう、こういう感じ」みたいな感じで書いてるのでツッコミどころも満載です。
あと僕はレーシングシミュレーターについてネガティブなことや否定的なことをXでポストしたりしていますが、根本的にはレーシングシミュレーターが好きです。
念の為。
昔あれほど夢中だったレーシングシミュレーターが、以前ほど面白く感じなくなっている。
腕が落ちたわけでもない。
環境が悪くなったわけでもない。
なのに、どこか熱が続かない。
考えていくうちに、ある構造的な問題に気づいた。
🧩 レーシングシムは「純度が高すぎる」
現代の本格レーシングシミュレーター(例:iRacing / Assetto Corsa Competizione / rFactor 2)は、イコールコンディション(同じ条件)で運転スキルだけを競うことを目的に設計されています。
- 車両性能はBoPで均一化
- 課金で速くならない
- 天候やトラブルは最小化
- イコールコンディションで条件は全員ほぼ同じ
つまり残るのは、
運転技術 × 再現精度 × 集中力
ほぼこれだけ。
競技としては極めて美しい。
だが同時に、残酷でもある。
なぜなら、
- 車のせいにできない
- チームのせいにできない
- 環境のせいにできない
差はそのまま“自分の差”として可視化される。
これは公平だが、心理的には重い。
🎲「勝てる可能性」という報酬がなくなる
レーシングシムには ジャンケン(不確実性・運の要素)がほぼありません。
他のジャンルを見てみると…
🔹 格闘ゲーム(例:Street Fighter 6)
- キャラ相性による有利不利
- 読み合いによる逆転
→ 実力差があっても読み合いで勝てる可能性が残る
🔹 FPS(例:Counter-Strike 2)
- ポジション
- チーム戦略
- 即時の判断
→ 実力以外の要素(選択)が勝敗を左右する
🔹MOBA(例:League of Legends)
- ピック構成
- 役割分担
- 集団戦の噛み合い
相性次第で強豪にも勝てる。
しかしレーシングシミュレーターでは…
選択による勝利の起点が非常に限定的
→ イコールコンディションが徹底されすぎている
という構造になっています。
また、レーシングシミュレーターは個人戦の側面が強く、他のeスポーツは大会だとチーム競技の側面が大きく、個人のスキルをチームで補えるというところも大きく異なります。
✊ジャンケンがない世界の問題
ジャンケンがないと:
- 強い人は常に強い
- 弱い人は構造的に不利
- 下剋上が起きにくい
つまり:階層が固定化しやすい
これは競技としては美しい。
しかし娯楽としては:物語が生まれにくい
ジャンケンは:
✔ 不確実性を生む
✔ 観戦者の期待を生む
✔ 弱者にも希望を与える
✔ 戦略という思考要素を入れる
つまり実力以外の勝利ルートを用意する装置。
これらがあると、「この展開は読めなかった!」「本当にどっちが勝つか分からない!」
というドラマ性が生まれます。
でもレーシングシムは…
ほぼタイム=実力の世界
ほぼ順位=技術の差
つまり、実力差がはっきり見えてしまう世界
になっています。
✌️リアルレースはジャンケンがある
現実のモータースポーツでは:
- タイヤ選択
- ピット戦略
- 車両性能差
- 天候読み
- 故障・トラブル
- 政治やチーム運営
これによって、同じドライバー同士でも結果が変わりうる
という余白が生まれます。
同じ実力でも:選択が勝敗を分ける、シムではこの幅が限定的。
🖐️レーシングシミュレーターにはなぜジャンケンがないのか?
理由は単純:「リアル再現」という理念
本格シムは:
- 不公平を排除
- 外的要素を排除
- スキル純化
を目指し、「外的な不確実性」を可能な限り排除してしまった。
だが皮肉にも:リアルより純化してしまった
リアルはもっと不確実。
レーシングシムは公平すぎる。
レースとしては美しいのですが、娯楽としては不利になる現象を生みます。
🌀成長報酬の限界(停滞感の正体)
レーシングシムの楽しさは以下のような段階で停滞を迎える。
フェーズ1:発見期
- ライン取りを覚える
- ブレーキポイントが安定する
- タイムが秒単位で縮む
→ 快感が大きい
フェーズ2:洗練期
- コンマ数秒の改善
- レース運びの最適化
- 安定性の向上
→ 成長はあるが報酬は小さい
フェーズ3:停滞期
- トップ層との差が明確
- 努力しても順位が変わらない
- 勝率が固定化
→ 「一生勝てない層」にいる感覚が生まれる
ここが離脱ポイント。
これは「飽き」ではなく構造的な限界感です。
最初は:
- 成長が楽しい
- フィジカル操作が楽しい
しかし次第に:「これ以上の物語がないのでは?」
と気づく。
🚗リアルへの応用・訓練ベースなら続きやすい理由
実はレーシングシミュレーターが長続きする人には傾向がある。
それは、 リアルへの応用・訓練目的でやっている人
この場合、目的は娯楽ではない。
- ブレーキング精度向上
- ライン取り研究
- 視線運びの最適化
- リアルサーキット対策
つまりこれは🎮 ゲームというよりトレーニングツール
この視点を持っている人は、
勝敗よりも「技術習得」に報酬を感じられる。
だから長続きする。
逆に娯楽としてのみ消費すると、構造的な限界が見えてくる。
📉 観戦者視点でも面白さは伝わりにくい
FPSや格ゲー、MOBA やスポーツのように
- 一撃逆転
- 戦術選択
- 成功の劇的瞬間
といった分かりやすいドラマは起きにくく、レーシングシミュレーターはコンマ差の積み重ねが勝利を決めるという、観戦者には一目で分かりにくい勝負構造を持っています。
娯楽として広がるには、観戦者の理解の敷居が高い。
他にも観戦者視点のことを挙げてみると
① 1画面で全体が把握しづらい
他のeスポーツは、
- 1画面で戦況が分かる
- 重要な場面が常に映る
でもレースは違う。
- 先頭バトル
- 中団バトル
- 推しドライバーの攻防
これらは同時多発する。
🎥 カメラを切り替えないと見られない。
つまり、応援している選手の活躍が見えにくい
これは観戦体験として大きな弱点。
リアルレースの中継も同じ事がいえるがレーシングシミュレーターではわかりづらさが特に顕著です。
② 上位層レースは「完成されすぎている」
上位層が集まるレースは、
- ミスが少ない
- 接触がない
- 戦略も最適化済み
結果、ほぼ順位が固定されたまま淡々と進む
美しい。でも静か。
③ 下位層レースは逆にカオス
- クラッシュ多発
- 1周目で崩壊
- レースが成立しない
これもまた、純粋な競技としては面白くない。
つまり、
📌 上位は静かすぎる
📌 下位は荒れすぎる
ちょうどいいゾーンが狭い。
👀 もうひとつの観戦問題 ― 「リアルがある」ことの難しさ
前からなんとなく思っていたことがある。
レーシングシミュレーターは、リアルというベースが存在している競技だということ。
これが観戦のハードルを上げている気がする。
人は何かを見るとき、必ず比較をする。
そしてその基準は多くの場合「自分の知っている現実」でレーシングシミュレーターの場合、比較対象は明確だ。
- 自分が運転したことのある車
- 実際のモータースポーツ
- 公道での体感速度
つまり観る側の脳内に“現実の基準”がある。
だから、
「これ、自分がやってもそんなに変わらないんじゃない?」
「思ったより地味だな」
という錯覚が起きやすい。
実際にはトップレベルの操作は異常な精度なのに、リアルに近いがゆえに凄さが直感的に伝わりにくい。
🎮 一方、FPSやMOBAはどうか?
FPSやMOBAは、基本的に現実に存在しない世界がベースだ。
- 魔法
- スキル
- 超人的な動き
- 架空の兵器
比較対象がない。
だから視聴者は「現実より上か下か」ではなく「その世界の中でどうか」で判断する。
しかも画面内で派手な演出が起きる。
- 爆発
- エフェクト
- キルログ
- スキルの発動
視覚的な“差”が明確に表示される。
格闘ゲームはFPSやMOBAと比べれば現実に近いようでいて、
- 空中ダッシュ
- 必殺技
- コンボ
現実にはありえない動きが多い。
だからこそ、「人間離れした凄さ」が一瞬で伝わる。
🏎 レーシングシミュレーターは“リアルすぎる”
レーシングシミュレーターはリアル寄りだ。
ハンドルを切り、ブレーキを踏み、コーナーを抜ける。
見た目は地味。
そして差はコンマ数秒。
凄さが数字でしか表現されにくい。
これは観戦において致命的だ。
なぜならエンタメとしては、視覚的・直感的に差が見えることが重要だから。
🎯 つまりこういうことかもしれない
レーシングシミュレーターは「リアルをどれだけ正確に再現できるか」という軸で進化してきた。
しかし観戦という文脈では、「どれだけ直感的に凄さが伝わるか」の方が重要になる。
リアルをベースにしているがゆえに、
- 比較対象が身近にある
- 動きが現実的
- 派手さが抑制される
結果として、凄さが“わかる人にしかわからない”構造になりやすい。
※ある程度レーシングシミュレーターをやってる人でもどれだけ凄いかは正直分からない面もある。
🔥 これが冷えやすさにも繋がっているのではないか
観戦が盛り上がらない
→ プレイヤー人口が爆発しない
→ コミュニティが広がらない
→ 上位層が固定化
→ 才能差がより明確に
競技純度が高いことは美しい。
だが、リアルベースであること自体がエンタメ拡張を難しくしている可能性がある。
🧠 ここで思った。ゴルフも同じなのか?
今、僕はゴルフにハマっている。
ではこれもいずれ冷えるのか?
構造を比較してみると面白い。
⛳ ゴルフは常に不確実
ゴルフは一見、個人技 × 技術勝負
という意味ではレーシングシミュレーターに近い。
しかし決定的に違う点がいくつかある。
ゴルフは
- 風
- グリーンの速さ
- 傾斜
- ラフの状態
- コース設計
が毎回違う。
完全な再現性がない。
つまり🎲 不確実性が常に混入する競技
これは飽きにくさに直結します。
⛳ ハンディキャップという救済
ゴルフにはハンディキャップ制度がある。
これは極めて重要。
レーシングシミュレーターには本質的なハンデ制度がほぼない。
(レーティングはあるが直接的な打数調整ではない)
ゴルフは、
- 上手い人は−
- 上達途中の人は+
で対等に勝負できる。
つまり🔁 逆転可能性が制度として保証されている
ここが大きい。
⛳ 他人より「昨日の自分」
レーシングシミュレーターは基本的に他者との比較競技
ゴルフはどうか?
スコアは他人と比べるが、
多くのプレイヤーは昨日の自分との戦いに軸を置く。
- ベスト更新
- パーが増えた
- 100切り
- 90切り
これは📈 成長が段階的に物語化される構造を持っている。
レーシングシミュレーターはタイムが0.1秒縮んでも、物語になりにくい。
🎯 結論:競技純度と娯楽性はトレードオフ
ここまで考えて分かったのはこれだ。
競技としての純度が上がるほど娯楽としての持続性は下がる
レーシングシミュレーターは純粋すぎる。
- ノイズが少ない
- 逆転が少ない
- 才能差が露骨
- 成長の物語が薄い
ゴルフは逆に、
- 不確実性がある
- ハンデがある
- 体験レイヤーが多い
- 社交性がある
- 道具選択も楽しめる
※レーシングシミュレーターにも社交性や道具選択はあるけど。
単層構造と多層構造の違い。
もしゴルフを
- プロと同じ基準で自分を測る
- 上位層と比較し続ける
- 才能差を常に意識する
という構造でやれば、
レーシングシムと同じ壁に当たりますが、レーシングシミュレーターは「走る」以外の軸が薄い。
ここが決定的。
🔥 本質的な問い
人は「勝ちたい」のではない。可能性を感じたい。
可能性が消えた瞬間、競技は冷える。
レーシングシミュレーターは可能性が構造的に狭い。
ゴルフは可能性の設計が広い。
だから今、僕はゴルフに熱を持っているのかもしれない。
そして最後に思う。
レーシングシミュレーターがつまらなくなったのではない。
僕が純粋競技より、物語のある競技を求めるフェーズに入った
それだけなのかもしれない。